思い立ったことのページ♪ 「季節を迎えるということ」

思いが立つ。時々経験しませんか。私のそんなお喋りなページ、気楽にお読み下さい。
ちなみに、春が立つ立春はおめでたい雰囲気で好きです。

先日テレビの気象予報士がこの時期のことを「光の春」と呼ぶことを教えてくれました。
立春を迎えたとはいえ、風はまだひんやり冷たくも差し込む光には柔らかな春の気配を感じるこの時期特別の呼び方だそうです。こういうネーミング大好きです。どんなものにも自分のワクワクするネーミングをつけちゃう枠を越えてセンス抜群の赤毛のアンとは小さな頃お友達になりたかった♪

あ、本題です。
夕やけ山の風景を毎日眺めているのに一体いつからだろうと思う程季節は流れている。茶色かった風景に始まりの白(梅)がみごとに咲いています。
ここから見落としたくないぞ、と私はこの時期思うのです。いつしかピンクが加わり、黄色が加わりる。気が走ってお楽しみを言っちゃうけれど、新緑の緑を迎える頃は可愛らしい華やかさから、みずみずしい緑が新しい風と一緒に元気に飛び込んでくる。
私は恥ずかしながら和さんが側に居てくれながら、その花たちのお名前を知らない程の出来なのにこんな風にコラムをかいている! 苦笑が聞こえるようです。。

だけど、私だから見える季節のとっておきは
こうして独自に色を楽しんで季節をお迎えすることだったり、子ども達と寒い寒い!と言いながらも外で過ごして、寝るときになってあー寒かったなあ、けど今はぬくぬくで幸せだあ。ってその心身の動きを捉えることだったり。
私は知識はあまり伝えられないのだけど、季節を迎えることの素敵さを知っていることには胸を張っています。

昆虫博士の「蝶さん」と子ども達が慕う彼はいつかの春の始まり、子ども達が草原で大きな網を握って夢中で蝶々を追いかけるのを見つめながら
「こうして春になっていくんだ」とつぶやいた言葉は今も私のなかで響いています。
季節は黙っていても私達の前を通り過ぎていくけれど、私はここでみんなと季節(時)にハイタッチするように迎えていたいです。
それは季節の花に顔を寄せることだったり、身にまとう洋服の色の変化を楽しむことだったり、旬の食事をいただくことだったり、湧き出る喜びを誰かと歌い踊ることだったり、寒さそのものとだってハイタッチ!
こうして、その季節を生きる私達になっていくのだと信じています。

ちなみに、蝶さんは私より年上ですが子ども達にも劣らない健康を持っています。
季節(時とき)を迎えるということ。
夕やけ山で大切にしているとっておきであり、子ども達とも大人達とも共有したい楽しさと美しさなのです。

最後になりましたが、
明日は娘、光里(享年2歳)の4回目の命日です。
何故思い立ってこのページかというと、この時になるとあることなのですが普段は出せない娘のものを出しては抱きしめるようにひとりでわーっと涙しています。

命日という時を迎えるのに必要なぶんだけ、きっとこの涙は溢れ出す。
観察するときっと去年の涙とは違う粒であることにもまた感じるものがあるのです。

私達はこうして今年、この季節、この日、この瞬間を迎えて生きる。

気がつくとどこからだったか自分に向いて語っています。
案外、始めからかもね?笑
こうして表現しているようで受けとっているのは私なのです。
このことを忘れずにいようと思います。

ありがとうございます。 心から。
志保

2019年 2月14日